結論:イタリアン・グレーハウンドの「ブルー」は MLPH 遺伝子(D遺伝子座)による毛色の希釈で、その一部が 淡色被毛脱毛症(カラー・ダイリューション・アロペシア、CDA)を起こします。ただし希釈=発症ではありません。米国ドーベルマン・ピンシャー・クラブ(DPCA)がまとめた比較では、希釈色のドーベルマンの 50〜80% が発症するのに対し、イタリアン・グレーハウンドは約 7%——同じ「ブルー」でも、犬種で発症リスクは一桁違います。そしてイタグレの飼い主が最も知っておくべき実務上の落とし穴は変異が 1 種類ではないことです。Van Buren ら(2020, Genes 11:639)は、イタリアン・グレーハウンドとチワワから 3 番目の希釈変異 d3(c.667_668insC)を新たに同定しました。国内で「毛色の遺伝子検査」として売られている項目の多くは最初に見つかった d1 だけを調べるため、d3 を持つイタグレは「D/D(希釈なし)」と判定されうるのです。愛犬の被毛が薄い・毛が途中で折れる・フケが出るといった様子があれば、遺伝子検査の結果にかかわらず、まずかかりつけの動物病院へご相談ください。CDA は診断名であって遺伝子検査で確定するものではなく、皮膚の検査(抜毛検査・生検)と、甲状腺機能低下症など他疾患の除外が必要です。
「ブルーのイタグレは毛が薄くなる」は本当か
日本のイタリアン・グレーハウンド(通称イタグレ)で最も人気のある毛色が「ブルー」です。ジャパンケネルクラブ(JKC)の犬種標準でも本犬種は単色系の毛色を持つ犬種として扱われ、ブラック、グレー、ブルー、イザベラ(フォーン)などが流通しています。
ここでいう「ブルー」は、青い色素があるという意味ではありません。黒い色素(ユーメラニン)が薄まって銀灰色に見えている状態です。同じ仕組みで、茶色(チョコレート)が薄まると「イザベラ」「リラック」と呼ばれる淡い褐色になります。鼻・唇・まぶたの縁も同じように色が薄く、青灰色や淡い肉色になるのが特徴です。
そしてこの希釈に、ときどき皮膚のトラブルが伴います。これが淡色被毛脱毛症(CDA)です。ただし「ブルー=必ず脱毛する」ではありません。DPCA が整理している犬種間の比較はこうです。
- ドーベルマン(希釈個体) — 約 50〜80% が発症。ブルーでは「9 割以上が少なくとも被毛が薄くなる」とも記述される
- イタリアン・グレーハウンド(希釈個体) — 約 7%
つまり同じ遺伝子の同じ仕組みでも、犬種が変われば発症率は一桁変わる。イタグレのブルーは、ドーベルマンのブルーと同じリスクでは語れません。この一点を押さえておくだけで、必要以上に怖がることも、逆に油断することも避けられます。
MLPH とは何をしている遺伝子か——「色を配る」トラックが止まる
毛の色は、毛包の根元にいるメラノサイト(色素細胞)が作った色素粒(メラノソーム)を、隣のケラチノサイト(毛を作る細胞)へ受け渡すことで決まります。この受け渡しには、色素粒を細胞の端まで運ぶ「輸送装置」が要ります。
MLPH が作るタンパク質メラノフィリンは、この輸送装置の連結パーツです。Philipp ら(2005, BMC Genetics 6:25)は、犬の MLPH 遺伝子を配列決定して 48 か所の配列変異を見つけ、そのうち少なくとも 1 か所が希釈表現型と共分離することを示しました。ヒトやマウスでも同じ遺伝子の変異が同種の色素表現型を起こすことが分かっています。
連結パーツが壊れると何が起きるか。色素粒は末端まで運ばれず、細胞の中央に大きな塊としてたまります。その結果、
- 毛幹に色素が均一に分散せず、大きな凝集塊(マクロメラノソーム)として点在する
- 光の散乱の仕方が変わり、黒が銀灰色(ブルー)に見える
- 塊が物理的な弱点になり、毛が途中で折れる
Welle ら(2009, Journal of Heredity 100 Suppl 1:S75-S79)は、希釈犬の MLPH 遺伝子型とメラニンの分布パターンの対応を調べ、遺伝子型が実際の色素凝集像に反映されることを示しています。
重要なのは、「色が薄いこと」と「毛が折れること」は同じ原因から出た別の結果だという点です。色の希釈は必発ですが、毛の破断がどこまで進むかには個体差・犬種差がある。この構造が、後述する発症率の犬種差を生みます。
変異は 3 種類ある——イタグレの d3 が「d1 だけの検査」をすり抜ける
アオイ毛色の遺伝子検査でクリアだったのに、なぜ確認が必要なんですか。 森下 慧希釈変異は3種類あり、イタグレ特有のd3を調べていない検査では見落とされるからです。D遺伝子座の変異は、発見された順に d1 / d2 / d3 と呼ばれます。動物のメンデル遺伝データベース OMIA:000031-9615 が記載する定義は次のとおりです。
- d1 — MLPH:c.-22G>A。非翻訳エクソン 1 の最後の 1 塩基。Drögemüller ら(2007, Journal of Heredity 98:468-473)が同定。多くの犬種で見つかる「標準の」希釈変異
- d2 — MLPH:c.705G>C。Bauer ら(2018, Animal Genetics)が同定。チャウ・チャウ、スルーギ、タイ・リッジバックに限られる
- d3 — MLPH:c.667_668insC。1 塩基の挿入でフレームシフトが起き、途中で終止コドンが出る(p.His223Profs*41)。Van Buren ら(2020)が同定
このうち d3 が報告された犬種に、イタリアン・グレーハウンドが含まれます。同論文が挙げるのは、プーミー、ムーディ、チワワ、ペキニーズ、イタリアン・グレーハウンド、シー・ズー、チベタン・マスティフ、ヨークシャー・テリア、シェットランド・シープドッグ、および在来犬・狼犬雑種です。日本で人気の小型犬が並んでいることに気づくはずです。
ここから実務上の結論が出ます。「D遺伝子座」と書かれた検査でも、d1 しか見ていないなら、d3 を持つイタグレは「希釈なし」と出ます。ドイツの検査機関 Laboklin が d1 の検査と d2/d3 の検査を別項目として販売しているのは、まさにこの理由です。海外の消費者向けサービスでは Embark が MLPH の d1・d2・d3 の 3 変異すべてを調べると明示しています。
見た目が明らかにブルーなのに検査結果が「D/D」で返ってきたら、それは犬が間違っているのではなく、調べた変異が足りない可能性を疑うべき場面です。
日本で検査を頼むとき、どこに出すか・いくらかかるか
日本国内では、自宅で口腔内スワブ(綿棒)を採取して郵送する形式の検査サービスが複数あり、円建て・国内配送で完結します。実際の価格感を、公開されている料金表から挙げます。
- VEQTA(ベクタ) — 遺伝子疾患検査は 1 項目 4,950 円(税込)。複数項目をまとめると単価が下がり、2 項目 9,350 円(1 項目あたり 4,675 円)、3 項目 13,200 円(同 4,400 円)、4 項目 16,500 円(同 4,125 円)という段階割引です
- Orivet Japan(オリベット) — 犬の検査キットを 9,000 円台から展開。パネル構成により 2 万円台の商品もあります
- amomag/カホテクノ/Pontely — いずれも国内向け。取扱項目は各社で大きく異なります
参考までに海外ラボの公開価格も並べておきます。Laboklin の英国法人は D遺伝子座 d1 検査を 48.00 ポンド(付加価値税込)で掲載し、d2/d3 は別項目です。Orivet(米国)の D(Dilute)Locus 単項目は 60.00 米ドル。海外ラボは外貨決済に加えて国際郵送料と為替が乗るため、国内で同等項目が取れるなら国内送付のほうが総額でも日数でも有利になりがちです。所要日数の目安として、Laboklin は d1 を検体到着後 3〜5 営業日、d2/d3 を 1〜2 週間と案内しています。
申し込み前に確認すべき点が 2 つあります。
- D遺伝子座は「疾患検査」ではなく「毛色(形質)検査」のメニューに入っていることが多い。遺伝性疾患パネルだけを申し込むと含まれない場合があります
- 調べる変異が d1 のみか、d2/d3 も含むか。イタグレでは d3 が効いてくるため、ここを確認せずに申し込むと結果の解釈ができません
国内サービスの取扱項目は改定されるため、当サイトではサービス別の対応遺伝子を一覧できる対応表を用意しています。居住地(日本国内/国外)に応じた選択肢は、この記事の下部に自動表示されるテスト一覧からご確認ください。
繁殖に関わる方には、日本固有の制度上の前提が 2 つあります。ひとつは動物の愛護及び管理に関する法律に基づく第一種動物取扱業の登録で、2021 年施行の飼養管理基準省令により繁殖回数・従業員 1 人あたりの飼養数・ケージの大きさなどが数値で定められました。もうひとつが2022 年 6 月から義務化されたマイクロチップの装着・登録で、犬猫の販売業者・繁殖業者は装着と環境省データベースへの登録が必須です。個体識別が制度として固まった以上、毛色遺伝子型を個体記録に紐づけて残す運用は、以前より現実的になっています。そのうえで、希釈色同士の交配は d/d の子犬が生まれる確率を最大化するという遺伝の基本を押さえてください。
症状が出たら——受診の順番
アオイ毛が薄いだけで病院に行っていいものか迷います。 森下 慧構いません。CDAは他の脱毛性疾患を除外して初めて診断されるので、受診が最短ルートです。CDA は遺伝子検査では確定しません。VCA Animal Hospitals の解説にあるとおり、診断は臨床像・被毛の顕微鏡検査(抜毛検査でマクロメラノソームを確認)・皮膚生検を組み合わせ、他の脱毛性疾患を除外して行います。
イタグレで見られる典型的な経過は次のようなものです。
- 子犬のときは正常な被毛。生後 6 か月以降〜数年かけて徐々に変化する
- 希釈色の部分だけが薄くなる。タン(黄褐色)の部分や白い部分は正常なまま残る
- 毛が乾いて脆くなり、途中で折れる。背中・体側・腹部が目立ちやすい
- 毛包に角栓が詰まり、二次的な細菌感染(毛包炎)を繰り返すことがある
まずはかかりつけの動物病院へ。甲状腺機能低下症や副腎皮質機能亢進症など、内分泌疾患でも左右対称性の脱毛は起こるため、血液検査で除外する流れが標準です。皮膚症状が長引く場合は、獣医皮膚科を専門とする診療施設や、大学附属動物病院の皮膚科への紹介を相談してください。
治療について、正直に書きます。CDA を治す方法はありません。管理の目標は、(1) 二次感染のコントロール、(2) 残っている毛を折らないこと——硬いブラシや刺激の強いシャンプーを避ける——の 2 点です。メラトニンや脂肪酸、レチノイドの投与で部分的な発毛が見られたという報告はありますが、効果は一定していません。獣医師と相談のうえ、期待値を現実的に設定して臨むべき領域です。
日本の飼い主が見落としやすいのがペット保険の扱いです。国内のペット保険は先天性疾患・遺伝性疾患を保険金支払いの対象外(免責)としている商品が多く、CDA そのものはもちろん、それに起因する皮膚炎の治療費まで対象外と読める約款もあります。さらに加入前に診断・指摘を受けた症状は「既往症」として除外されるのが一般的です。ブルーやイザベラの子犬を迎えるなら、症状が出る前に約款の免責条項を読んで加入判断をする——これが金銭面でいちばん効く行動です。
受診先のアクセスにも地域差があります。獣医皮膚科の二次診療施設や大学附属動物病院は都市部に偏在しており、地方では「かかりつけからの紹介で数時間かけて通う」前提になることが少なくありません。初診をかかりつけで済ませ、皮膚生検やその後の管理だけを二次診療に回す分担が現実的です。
日本の気候そのものも管理条件です。梅雨から真夏にかけての高温多湿は、毛包に角栓が詰まった皮膚で細菌が増えやすい条件で、二次性膿皮症は毎年この時期に悪化しがちです。逆に言えば、5 月中に皮膚の状態を診てもらい、夏に向けたシャンプー計画を立てておくのが、この犬種・この病気に対する日本での定石になります。
なお、イタグレは被毛が薄く体脂肪が少ない犬種で、CDA がなくても寒さに弱い体質です。脱毛が加わると保温はさらに難しくなります。冬場の防寒着、直射日光下での皮膚保護(希釈色の皮膚は日焼けしやすい)は、投薬より確実に効く日常管理です。
繁殖を考える人へ——「7%」をどう読むか
イタグレの発症率が約 7% だとして、それは低いのか高いのか。判断のために、遺伝形式を整理します。
毛色の希釈は常染色体劣性です。d/d(希釈のホモ接合)でなければ被毛は希釈しません。D/d の犬は見た目が黒や赤のままで、希釈の遺伝子を次世代へ渡します。つまりブルーの子犬は、ブルー同士の交配からしか生まれないわけではありません。
一方で CDA の発症は、d/d であることが前提だが、d/d であれば必ず起きるわけでもない。Laboklin も「希釈個体のうち CDA を発症する犬としない犬を区別できる遺伝的因子は、現時点では知られていない」と明記しています。つまり、
- 遺伝子検査で分かるのは「希釈するかどうか」まで
- 「CDA を発症するかどうか」を予測する検査は存在しない
この非対称性が、この話題でいちばん誤解されている点です。「クリアだから安心」も「d/d だから発症する」も、どちらも言い過ぎになります。
現実的な選択肢は 3 つです。(1) 希釈色を積極的に作らない、(2) 作るなら d3 を含む検査で親犬の遺伝子型を正しく把握し、購入者に説明したうえで生涯の被毛管理を前提に譲渡する、(3) 発症例の情報を犬種クラブ内で共有し、系統ごとの傾向を蓄積する。7% という数字は「無視してよい」でも「ブルーを作るべきでない」でもなく、「説明責任を果たしたうえで選べる程度のリスク」と読むのが妥当です。
よくある質問
Q. ブルーのイタグレは必ず脱毛しますか。
いいえ。DPCA がまとめた比較では、イタリアン・グレーハウンドの希釈個体で CDA を起こすのは約 7% とされています。ドーベルマンの 50〜80% とは大きく異なります。
Q. 毛色の遺伝子検査で「D/D」と出ました。もう心配ありませんか。
調べた変異が d1 のみの場合は注意が必要です。イタリアン・グレーハウンドでは Van Buren ら(2020)が報告した d3 が関与しうるため、d2/d3 を含まない検査では希釈を見落とす可能性があります。検査項目に何が含まれるかを確認してください。
Q. CDA は遺伝子検査で診断できますか。
できません。遺伝子検査が示すのは毛色が希釈するかどうかで、CDA の発症予測はできません。診断は動物病院で、被毛の顕微鏡検査や皮膚生検、他疾患の除外を経て行われます。
Q. 何歳ごろから症状が出ますか。
子犬のときは正常な被毛で、多くは生後 6 か月以降に変化が始まると報告されています。進行の速さには個体差があります。
Q. 治療法はありますか。
根治療法はありません。二次感染の管理と、毛を折らない被毛ケアが中心です。メラトニンやレチノイドで部分的な発毛が見られた例はありますが、効果は確立していません。かかりつけの獣医師にご相談ください。
Q. 白い部分やタンの部分の毛も抜けますか。
典型的には希釈色の部分だけが脱毛し、白色部やタン(黄褐色)の部分は正常に保たれます。これは色素の凝集が起きる部位にのみ毛幹の脆弱化が生じるためです。
参考文献
- Drögemüller C, Philipp U, Haase B, Günzel-Apel A-R, Leeb T. (2007) A Noncoding Melanophilin Gene (MLPH) SNP at the Splice Donor of Exon 1 Represents a Candidate Causal Mutation for Coat Color Dilution in Dogs. Journal of Heredity 98(5):468-473.
- Van Buren SL, Minor KM, Grahn RA, et al. (2020) A Third MLPH Variant Causing Coat Color Dilution in Dogs. Genes 11(6):639.
- Bauer A, Kehl A, Jagannathan V, Leeb T. (2018) A novel MLPH variant in dogs with coat colour dilution. Animal Genetics 49(1):94-97.
- Philipp U, Hamann H, Mecklenburg L, et al. (2005) Polymorphisms within the canine MLPH gene are associated with dilute coat color in dogs. BMC Genetics 6:25.
- Welle M, Philipp U, Rüfenacht S, et al. (2009) MLPH Genotype—Melanin Phenotype Correlation in Dilute Dogs. Journal of Heredity 100(Suppl 1):S75-S79.
- OMIA:000031-9615 — Coat colour, dilution, MLPH-related in Canis lupus familiaris.
- Doberman Pinscher Club of America — Color Dilution Alopecia.
- VCA Animal Hospitals — Color Dilution Alopecia in Dogs.
- LABOKLIN — D-Lokus (seltene Varianten d2, d3).
- ジャパンケネルクラブ — イタリアン・グレーハウンド 犬種標準.
画像: 「00000 Charcik Włoski błękitny」 — Tesori di Carli, CC BY-SA 4.0 (1200×630 に等比拡大・中央トリミング)
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